高校二年生の夏、その後の私を大きく変えた出来事がありました。
それは、ニューヨークとの出会いです。担任の井上小百合先生に勧められ、私は東京の姉妹都市、NYとの親善を目的とした交流プログラムに参加したのです。
当時の私は、将来自分は何を目指したらいいのか、自分の夢や目標って何なのか、見つけることができずにいました。
そんな私にとって、NYの街は何もかもが眩しく映りました。胸を張って街を闊歩する人、国連など訪問先で出会った生き生きと働く人、そして将来の夢を熱く語る同年代の高校生たち。何かに向かい力強く生きる姿に触れ「いつか私もこの街で働くんだ!」と強く思ったのです。
「さぁ、どうしよう?」帰国した私は考えました。とりあえず「国際」と名の付く学校に行こうかな?と思い、公募推薦で筑波大学国際関係学類へ進学しました。次のステップは就職。きっと海外で働けるはず、とジャーナリズムの世界に身を投じました。ところが、待っていたのは地方勤務。それでも仕事は楽しく、あっという間に時は過ぎていきました。
そして八年が過ぎた夏の終わり。ニュースセンター中のモニターが、崩壊するビルと、逃げ惑う人々を映しだしていました。同時多発テロでした。私に夢をくれた街が、画面の中で崩れ落ちていきました。自分の目と耳と肌で感じるため私は十五年ぶりのNYに飛び出ました。まだきな臭く燻る街。国旗を掲げ、攻撃した「敵」への反感から戦争に傾く国。思いがけないNYとの再会でした。私は追い詰められる移民達を取材し、その経験は報道の世界で生きる私に新しいテーマをくれました。
十六歳のあの夏がなければ、今の私は無かったでしょう。
チャンスをくれた恩師に今、心から感謝しています。
大妻生の皆さんも、きっとそんな何かを手にできる時代を生きていると思います。
柔らかな心を持った、二度と来ない時代を満喫して欲しいと思います。