敷地内に入ってまず私の目に入ったのはおびただしい数の石灯籠でした。
全部で1036個あるのだそうです。私はこの数字を一生忘れないだろうと思います。次に目に入ってきたのはぼろぼろに破損した飛行機でした。59年前に本当にこの飛行機に乗って出撃し、命果てた人がいたのかと思うと私は切なくて切なくてたまりませんでした。私は旅行に行く少し前に17歳になりましたが、私と同じ17歳で出撃していった人たちの写真を見た時、私はこの人たちの“死にたくなんかない。もっとやりたいことがあるんだ。”という気持ちがひしひしと伝わってきた気がして本当に今ここに生きている自分が恥ずかしく思いました。これは同じ17歳だからこそ感じとれたのだと思います。私たちの普段の生活を顧みると自分勝手なことばかりを口にしているような気がします。“今が楽しければいいや”そういう雰囲気が少なからずやあると思うのです。しかし、当時少年兵だった人々のあの手記はなんでしょう。“お国のため、天皇陛下の恩ために”などと現在の私たちからは想像もできないようなことを書き残しているではありませんか。私は生まれて以来国のために、ましてや天皇陛下のためになんて思ったこともないし、私たちの世代だとこれが当たり前の考え方だとさえ思えます。私が館内を見学していて一番心に残ったものは一冊の数学のノートでした。私たちと同じくらいの人のものなのか、または20歳以上の人のものなのか定かではありませんが、そのノートには多分三角関数の問題が解かれていたと思います。私は“あっ勉強したかったんだなあ”とそれだけ思いました。こんなに強烈に印象に残っているのにそれだけ思ったら切なくてその場にいられなくなってしまったのです。“勉強したかったんだ。死ぬと覚悟していたのに、もう自分の命は残り少ないとわかっているのに、それでもやっぱり勉強したかったんだ。”そんなこえがきこえてくるようでした。
戦後59年という長い月日がたちました。だんだんと戦争の実体験を語ってくださるお年寄りの方々が老衰、または病気で亡くなられてしまってきています。しかし、私たちは恐ろしい人間兵器を生み出してしまった太平洋戦争を忘れてはいけないと思います。そのためにこのような施設があるのだと思います。次の世代の人たちのためにといって命を散らしていった人たちに恥じないように、目標を持ち、今をしっかり生きて生きたいです。